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レーシックの重大な選択

気が滅入っている状態の自分をそのまま受け止めることができます。
人は哀しいものだという大前提こそ、生きがいの柱を立てるのに最も適した大地です。 哀しみの大地に立てた柱の先端はどこに置かれるかというと、死という天井を突き抜けさせるようにするとよいでしょう。
死から目を背けてしまうと、生きがいの柱は向かうべき方向を見失い、ふらついてしまうだけです。 自分独自の死生観を持ち、哀しみの大地から死を貫いて未来へと続く生きがいの柱を立てるようにしましょう。
人間の存在の本質は、単なる物質を超えた生命場です。 病気の中で自己実現していくには、自分の生命場の秩序性を高めていくことが欠かせません。
どこまで高めていくかというと、それは虚空です。 虚空とは、銀河系宇宙をはじめとしてあらゆる生命を生み出した無限に豊かな広がりと深さを持つ場です。

虚空まで自分の場を高めていき、虚空と一体化するようにするのです。 私の病院では患者さんに気功をやってもらっていますが、気功などによって感じる心と身体感覚の広がりを「虚空と一体になる」と表現しているのです。
気功は、後述するように姿勢と呼吸と心を正す中国の伝統的な養生法です。 生命場の秩序性を高めるための方法論のひとつとして、気功や呼吸法(気功の一種)があります。
気功や呼吸法は自己実現への道であり、私たちの生命場と外界の場との交流の手段です。 ですから、生きることそのものです。
無意識に呼吸することで自然に外界と交流し、意識的に行うことで交流を深めていることになります。 吐く息によって自分の生命場の情報を虚空に伝え、吸う息によって虚空の場の永遠の生命をいただくのです。
ですから、息とはまさに生きることなのです。 人は死では終わらないと思えば、必要以上に死を恐れることはありません。
輪廻転生という死生観もあります。 死ねばゴミになると考える人もいるでしょう。
それぞれに、死に対してさまざまな考え方を持っていいのではないでしょうか。 人間にとって、見かけの体の面で衰えていく老いというのは宿命です。
しかし、人間は体のほかに、心、生命の三つの面から考えることが大切です。 体の中身の生命は永遠に成長し続け、生きている間に高め続けてきたエネルギーは死んでもゼロにはなりません。
しかし、人は死んだらおしまい、ではないのです。 死んだらおしまいという発想は、利那的な喜びを追い求める風潮を生み出しました。
そのために、人生の本当の豊かさが感じられなくなり、社会には無用な争いが起きるようになったのではないでしょうか。 死は、人間の敗北ではありません。

むしろ、死はよりよい生をまっとうするための到達点であり、誇りを持って迎えるものです。 肉体という衣服を脱ぎ捨てて裸になり、本来の姿に還ることなのです。
人間の生命が生命場のエネルギーだとすると、私たちはゼロから生まれたり、ゼロに帰って減してしまうものではないと考えることができます。 では、人間は死を迎えることによって、生命場の存在はどうなるかというと、来たところに帰るしかありません。
どこに帰るのでしょうか。 その目標は前述した虚空です。
じつは虚空とは、片道一五○億年彼方にあって、私たちの生まれ故郷です。 生あるものはすべて、宇宙が生まれた一五○億年前から現在に至り、死をひとつの通過点として、また一五○億年の場に帰ってくという大きな循環の中にあるのです。
自分の生命場を高めていき、最後は虚空の場と一体になるというのが生あるものの宿命というべきかもしれません。 死は特別なものではなく、生命場が衣服を脱いで、より自由になる時点とみることができます。
死はひとつの通過点にすぎず、私たちには帰っていく場所がある、そう考えるようにしてみてはどうでしょうか。 これほど人を安心させることはありません。
死は大きな流れの中で、生と死の壁を越えてずっとつながっているのです。 死後の世界をみつめて生きるのと、行き当たりばったりで生きるのとでは、生きる質がまったく違ってくるのはいうまでもありません。
死によって、より自由になった生命場は、これまで以上に自らを高めていき、最終目標の虚空に向かって舞い上がっていくのではないでしょうか。 ここでは、重要なテーマである「生命場」のお話をします。
病気になったあなたに、私たちの生命や病気の本質について、ぜひ理解していただきたいのです。 病気というものは、私たち一人一人の体の中に存在している生命場という「場」に発するものだと考えられます。

この生命場は、体の中の臓器と臓器の隙間の何もない空間にあってつながっているネットワークです。 体の中にあるだけでなく、それは皮層を通して外部の環境ともつながり、宇宙の果ての虚空ともつながっています。
ある空間に電気が存在しているとき、これを電場といいます。 磁気が存在していれば磁場です。
電磁場は、人間の体内の空間にも存在します。 電線が重複するように目にみえないつながりが、体内の隙間にたくさんあると仮定できます。
しかも、体内には電気や磁気よりももっと生命に直結した物理量が存在するはずです。 生命を形成する物理量が場をつくっていると考えられるのです。
体内には、想像もつかない気のような物理量が連続して分布して、気場というような「場」とは何でしょうか。 場とは、ある限られた空間に連続して分布する物理的な量です。
これが、場に対する物理学の定義です。 私たちの周囲にある空間は、物理量としての電気と磁気とが連続的に分布し、電磁場を形成しています。
そうしたさまざまな物理量に対応して、それぞれに存在するのが場です。 要するに、ある空間に何かが存在する所が場なのです。

場とは空間であり、その空間は何もない空間ではなく、何らかの性質を持っています。 場とは、性質を持った空間なのです。
ものを形成しているのかもしれません。 発見・実証されたわけではありませんが、気場を生命場と呼んでもよいでしょう。
人体固有の場としての目にみえない生命場が、臓器を含めた空間につながって形成されているのです。 胸の中には心臓や肺が、またお腹の中には胃や肝臓がぎっしりと詰まっていると思われるかもしれません。
ところが、そうではありません。 人間の体は空間だらけです。
臓器と臓器の間には空間があって、その空間があるおかげで外科医は患部にメスを入れることができるのです。 その空間である生命場の中に、いろいろな臓器が浮かんでいるのが人間の体です。
臓器の機能も、それを支えている空間の状態に大きく影響されます。 ですから、生命場の秩序を整え、バランスを保つことが大切であるのは当然です。
健康の源は、すべて生命場にあるわけです。 空気もなければ体液もない空間の中を神経や血管、リンパ管が縦横に走っています。

臓器は体の中で孤立した存在ではなく、他の内臓と連絡を保ちつつ、体全体としての秩序が整えられた働きに貢献しているのです。 体の中の臓器は精妙にできており、その精妙さはどこから来るのでしょうか。
それは、一つひとつの細胞にあるのではなく、細胞と細胞の問に存在する関係にあると考えられます。 言い換えると細胞が置かれている場です。
この場を、生命が躍動する生命場としてとらえることができます。

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